「ワンダリング・ミッキー/ バンザイ・コーナー/ ヒノマル・イルミネーション」
1959年福岡県生まれ。イエール大学大学院美術学部彫刻科修了。
1993年、第45回ヴェネチア・ビエンナーレに選ばれ、アペルト部門を日本人で初めて受賞する。以後ニューヨークにスタジオを構え、1996年サンパウロ・ビエンナーレ(ブラジル)、1997年ビエンナーレ・ド・リヨン(フランス)など多くの国際展に招待される。2000年のホイットニー・バイアニュアルでは、ニューヨーク在住の作家として外国人で初めて選ばれる。
1992年に直島コンテンポラリー・アート・ミュージアム(当時)の開館に伴い個展に招待された際に銅の精錬所廃墟がある犬島に出会い、1995年「犬島アートプロジェクト」を着想する。2008年、明治の近代産業遺構と昭和の三島由紀夫のメッセージに自然エネルギーの技術を融合させた美術館、「犬島精錬所美術館」を完成させる。
ニューヨーク近代美術館やイギリスのテート・ギャラリーなど多くの美術館に作品が収蔵され、ユーモアと社会性を帯びた挑発的作品は常に物議を起こし、その創作活動は美術の枠に収まらない
1990年/ ドラム缶、車、スチール・メッシュ、スチール・パイプ、ダクトホース、ガソリン他
イエール大学大学院での修了制作「ワンダリング・ミッキー」を500本のドラム缶と共に再構成して体育館の大空間に常設展示。自動車というアメリカ消費文明の象徴は、弾み車の中を走るハツカネズミを隠喩として、化石燃料を消費し尽すまで走り続ける。
1991年/プラスチック人形、鏡
349体のウルトラマンとウルトラセブンが万歳をして整列し、鏡の虚像により日本の国旗を作り出しているその姿は、日本の国家の共同幻想や劇場性を表している。
2010年犬島にて公開、2014年日章館に移設/ネオン管、ネオン変圧器、プログラミング回路、着色したスチール、鉄骨、スラグ、水
廃墟となっていた映画館のレトロな建物の中で100円玉の投入により作動するネオン看板は、水盤に映り込む虚像により日章旗、旭日旗、そして皆既日食の黒い太陽へと姿を変えながら、日の出づる国の神話を表現している。